映画「ロニートとエスティ」

見てきました。

ユダヤ人コミュニティで共に育ち、惹かれ合った幼馴染の女性同士が、一度は離れたものの、再会をしたことで直面する葛藤、その先の選択。
みたいな話。

大前提、アブラハムの宗教は原理に厳密になるほど、同性愛、婚外恋愛、姦淫等々を不道徳であり、故に罪であると見なします。

私はクリスチャン(だった)ので、ユダヤ教とも通底する感覚が、確かにあって、すごく辛くなりました。

一般的で普通の日本人にはわかりにくい感覚かもしれないけれど、罪を犯したことの苦しさは、人に咎められることなんかよりも、神を裏切ったことへの後ろめたさ、そして、神に捨てられるという恐怖の方が大きい。
唯一の神を信じていれば、その他に神なんていないのだから、その愛を失うことは、世界に居場所がなくなるようなもの。

エスティの気持ちも、ドヴィドの気持ちもわかって、私は本当にどっちつかずだ。

つまり、神を信じながら、その教えに背いてしまったこと、
そして、神を信じ、その教えを守ってきたのに、疑わざるを得ない現実に直面すること、

守旧宗教は抑圧的で閉塞的だけれど、同じぐらい家父長的な包容力もあって、そこで正しくあれたら、これ以上なく幸いなのに。

ネタバレになるかな、エスティとドヴィドのあの結末、その選択は、結局神への愛と信仰を捨てることができなかったという理解をしました。
そして、神が罪人をいつか許してくれることを信じていくことだと。

それはそうと、その後「影裏」を見たら、禁断でも何でもない、ただのひとつの性癖としての同性愛を描いていて、それもまた正しいなぁと思いましたまる
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